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- 第27話 =中国の寮生活が一転、片道1時間半の電車通学=
留学ドキュメンタリー
極寒の遼寧省からやってきた趙婉言さん。東京の一般家庭でホームステイをしながら、東京学芸大学附属国際中等教育学校に通う日々も、もう半年を過ぎた。
放課後、学校から彼女の帰宅に同行し、「新しいこと」づくしだったというこの半年間について話を聞いた。
中国の寮生活が一転、片道1時間半の電車通学
午後6時、山手線の駅で電車を乗り換えると、そろそろ始まる帰宅ラッシュの人の波に押し流されそうになった。「今日はまだ早いほう」と、趙婉言さんは笑顔で話す。普段は放課後に日本語補習教室(JSL)があるため、まさに帰宅ラッシュにもまれることになるそうだ。ホームステイ先のホストファミリー宅までは電車とバスを乗り継いで片道約1時間半。
「もう慣れました」とは言うものの、中国では中学生のころから学校の寮生活だった趙さんにとって、異国の地で、一人で電車通学するというのは、簡単なことではなかっただろう。取材時、帰宅に同行したいと言うと、「今日は一人じゃな~い」とはしゃいでいた。
「日本の生活は、何もかもが新しいことだらけです」
一緒に電車に揺られながら、趙さんはこの半年の出来事を話し始める。最初に体験したのが学園祭。日本人のチーム力に驚いた。中国では担任代理の重責も担う班長(日本の学級委員長に相当)をしており、人をまとめることに少しは自信はあったそうだ。しかし学園祭でチームをまとめあげる生徒たちを見て、自分はまだまだだと自省した。ハロウィンでは初めて仮装し、クラスメイトとお菓子を交換しあうなど、楽しいひと時を過ごした。
「新しいこと」づくし
クラスで一番の仲良し、長友さんとは映画を見に行ったり、原宿までクレープを食べに行ったりする仲だ。先日は趙さんがジブリ好きということで、二人で一緒に江戸東京たてもの園の「ジブリの立体建造物展」を見に行った。
学校で、趙さんと一緒に校内を案内してくれたのもこの長友さんだった。「中国の人は日本に対してあまりいいイメージがないかなと思っていたけれど、日本を好きな人もちゃんといるんだなというのがよくわかりました」と長友さん。二人の間には、草の根の「日中友好」が育まれているようだ。
年末年始は「イベント」も多かった。クリスマスにはホストファミリーのお母さんからケーキ作りを教わった。初の手作りケーキは貴重な体験となった。大みそかには餅を作り、年明けには学校で三泊四日のスキー教室もあった。趙さんは東北出身で雪には慣れているものの、スキーは初めて。「最初は寒いし危ないし行きたくないと思っていたけれど、帰るころにはもう帰りたくな~いって思った」と声が弾む。
古典の試験も「免除」なし
しかし楽しいことばかりではない。大変なのは、全ての授業を日本語で受け、さらに試験も他の日本人生徒と一緒に受けなければいけないこと。現代文はもちろん、古典のテストもさぼれない。学校で先生方に話をうかがうと、担任の工藤裕子先生は、「すごく勉強熱心。わからない言葉はすぐにノートに書いて、辞書で調べています」と話していた。
クラスメイトたちも趙さんをサポートする。来日したばかりのころ、古典などの試験前に隣の席の生徒がノートを整理してくれたこともあったという。実は趙さんが通う東京学芸大学附属国際中等教育学校には海外からの帰国生も少なくない。
外国語科の前田健士先生は、「四月と九月に海外帰国生の編入生が入学します。ですので、新しい生徒を迎える素地があるのだと思います」と語る。
もっとも、だからこそ課題の提出も他の生徒と一緒で「免除」なし。趙さんは慣れない課題に四苦八苦している。それでも勉強は、中国にいたときよりは「楽」だそうだ。
「中国の学校ではとにかく成績のことばかり考えていました」と趙さん。
「勉強以外のストレスはなかったともいえますが、放課後も夜までずっと自習で、あまりゆっくり自分のことを考える時間がありませんでした」と、話は続く。
今は帰宅すれば、将来のことを考える時間もある。最近は、グローバルな舞台で活躍する公認会計士を目指したいと思うようになったという。それはまたずいぶんと大きな挑戦だ。「なぜ」と聞こうとしたところで、ちょうどバスが自宅近くの停留所に止まった。
大吉おみくじ
バスを降りた趙さんは、住宅街の薄暗い路地を入ってゆく。途中で「ここを右です」と立ち止り、「戻る時はこの看板を目印に、こっちに曲がってくださいね」と、私の帰り道を心配する。その横顔がふと街灯に浮かび上がった。それまで無邪気な少女という印象だった彼女が、妙に大人びて見えた。
後日、正月にひいたというおみくじの写真が送られてきた。「大吉」で、「七転び八起き。逆境にあっても理想を高く着実に歩けば何事も幸運に向かい成功する」とあった。留学生活はちょうど折り返し地点。残り半年、さらに「新しいこと」の経験を重ねながら、より大きな未来へ、彼女は一歩一歩歩いてゆくだろう。
取材/文:田中 奈美 取材日:2015年1月26日