参加者インタビュー
Interviewインタビュー 日中21世紀交流事業に参加された方々に交流を振り返っていただきました
金木犀の香る町で
JR熊本駅から在来線に乗り換え約10分。宇土市は熊本県のほぼ中部に位置する人口約4万人の小さな市である。侯天妍さんはこの市にある熊本県立宇土高等学校の高校1年生のクラスに在籍している。10月半ばの晴れた土曜日、午前中までの授業を終え、体育館にて部活動のバレーボールが始まる直前に彼女を訪ねた。
「土曜の午後は部活動です」
先生に案内された体育館で名前を呼ばれて小走りでやってきたのは、それまで見ていた写真よりもずっと大人っぽい背の高い女の子。授業が終わり本格的な練習が始まる前に時間を作ってもらい、始まったばかりの学校生活のことを聞いてみた。
先生やみんなに「テンちゃん」と呼ばれている侯さんは、シャイなのか一言何かしゃべるごとに照れて「うふふ」と笑う。中国の頃からすでにバレーボールをやっていた侯さん。留学2日目にはバレー部に入部した。実は宇土高校女子バレー部は、侯さんが入ってくるまでは部員6人。今度の留学生が7人目のメンバーになると聞いた部員たちは大変喜んだそう……と、その様子を語るバレーボール顧問の清村先生も本当に嬉しそうだ。
部活の練習は木曜日を除いた週6日(!)。侯さんはメンバーたちとのコミュニケーションも特に問題なく練習などをこなしているが、ときに練習が白熱してメンバー同士の会話がヒートアップすると、ちょっと日本語が分からない時もあるとか。
また、言葉に関しては別の問題もある。侯さんいわく「みんな私に対しては標準語で丁寧に話してくれる。だから熊本弁になるとちょっと分からない」と。今、日本各地で生活を始めた十期生たちも同じような状況なのだろうか。ちなみに侯さんが最初に覚えた熊本弁は「あとぜき」(※開けたドアをきちんと閉めること)だそう。「中国にも似た言葉はあるの?」と聞いたらまた「うふふ」と笑って「うん」とうなづいていた。
天国の生活
侯さんが日本に興味を持ったのは、現代っ子らしく日本の漫画やアニメだそう。好きな漫画は「テニスの王子様」。中国でもかなり読んでいたというが、こちらではクラスメートがたくさん漫画を貸してくれるようで、それまで口数も少なくおとなしかった侯さんが「(毎日が)天国です!」と笑顔で言い切ったのが印象的だった。
バレーボール部の隣ではボクシング部が練習中。ボクシング部の顧問であり侯さんのクラスの担任である山崎先生に侯さんの授業風景を聞いてみた。
日本語の能力に配慮して、いくつかの授業は別教室で対応という生徒もいるが、侯さんは入学時から授業はもちろんのこと、課外まで皆と同じ教室でフルタイムで受けているそう。得意科目は数学や物理、苦手なのは国語や社会など。理数系が得意なのは「日本語が少ないから(侯さん談)」という理由もあるし、中国ですでに学んでいたから。逆に生物はまったく習ったことがない分野であり悪戦苦闘のようだ。
この日は、侯さんのホストファミリーである川畑由美さんも学校にいらっしゃった。実はまだ部活動に励む侯さんを見たことがなく、一度はご覧になりたかったそう。
家庭では食事の時に「辛いのが好きなのかなって」と侯さん用に調味料を用意される優しい川畑さんの気遣いのもと、家庭でも健やかに順調にホームステイがスタートしたようで、勝手ながら安心した。
金木犀の香る町で
駅に降り立ち、宇土という町を眺めた時、天津という大都会で育った侯さんがこのような静かすぎる町で寂しくないだろうかと正直心配になった。漫画やアニメで知った日本もきっと都会ではなかったろうかと。しかし今回侯さんや周囲の人たちと話してみて、その心配はまったくの杞憂であったようだ。本人にも「ホームシックにならないの?」と聞いてみたけれど、「いいえ、全然」と。
宇土高校は数年前から海外派遣研修プログラムを実施し、自校の生徒の海外派遣や今回の侯さんのように留学生の受け入れなど、国際交流に熱心に取り組んでいる。学校の雰囲気も国際的かつ開放的で留学生には風通しがいいように思えた。
しかしすべての留学生たちが順応できるわけではなく、気候や習慣の違いで体調を崩し、数か月で帰国してしまう生徒もいる。
心連心プログラムの担当である吉永先生の侯さん評は「大変穏やかな品のいい生徒」。その彼女の穏やかさが、のんびりしている宇土高校やこの町に合っているのではないでしょうか、と。川畑さんは侯さんのことを「とても女の子らしい子」と語る。その、一見穏やかで女の子らしい侯さんだが、外国の文化や生活にちゃんと溶け込んでいく、ある種のしなやかな強さみたいなものも感じられた。「きっとこのまま馴染んで最後まで無事に生活できるんではないかと思います」とは、担任の山崎先生。
宇土は小西行長の城下町である。昭和の面影を残す通りや昔ながらの魚屋、そして眼鏡橋など歴史をうかがわせる遺構も近くにあり、実は複雑で面白い町だ。「侯さんが興味を持てば、いろいろな事が発見できる町かと思います」と川畑さん。侯さんの日記を読んでも、もうすでに宇土の豊かさに気付いているようだ。
折りも稲が色づき、町は金木犀の香りに包まれていた。侯さんが成長した後、金木犀の香りとともに思い出される宇土の思い出は、幸せなものになって欲しいと願いつつ、宇土を後にした。
取材/文:和泉僚子 取材日:2015年10月17日