参加者インタビュー
Interviewインタビュー 日中21世紀交流事業に参加された方々に交流を振り返っていただきました
春からのスタート
第6話からは、第3~5話までのそれぞれの主人公に再度フォーカスし、来日から半年が経過した彼らの成長や変化、“今”を追いかけます。第6話の主人公は、雒雪婷(ラク セツテイ)さんです。 前回の様子はこちら。
クラス替えが楽しみ
前回の取材日から3ヵ月後、再び京都にある立命館高等学校を訪れた。春休みに入って人影がまばらになった学校内で、雒雪婷さんと今一番の仲良しだという河野さんと待っていてくれた。開口一番、前回の取材の際に話していた男の子の友達作りについて聞いてみた。
「女の子の友達はたくさんできたけど、男の子の友達は全然できないんです」
それでも、河野さんと学校の男子の噂話をあれこれ楽しそうに話している。とても仲の良い2人なのだが、仲良くなったきっかけは、冬休み前にクラスメートで打ち上げをした際に、一緒にプリクラを撮ったり、本屋へ行ったり町をぶらぶらしたことだったそうだ。春休み中には、一緒にユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ行って遊ぶ計画を立てていると話してくれた。
だが、日本の春はクラス替えの時期でもある。雒さんはスーパーサイエンスコース(SSコース)へ自ら希望して移ることになったので、河野さんとは離れ離れになってしまうそうだ。ようやく親密になれた友人と離れ、再び新しい人間関係を作っていかなければならないことに不安はないのだろうか。
「授業についていけるかは不安だけど、クラス替えはとても楽しみ。SSコースにもJSSF(ジャパン・スーパーサイエンスフェア)で顔見知りになった友人や中国語の堪能な生徒もいるし」
こちらの心配をものともせず、前向きに答えてくれたのだが、彼女が心配する通り、週3回大学に通って講座を受けるなど、スーパーサイエンスコースの授業には難しい内容のものもあるようだ。もちろん、全て日本語で受ける。数学の課題を日本語で発表するなど、様々な国からやってくる留学生にとってはハードルの高い内容で、希望する留学生は多くない。
だが、話しを聞いていると、すでにこのコースに友人もいるようで、雒さんの学校内の交友関係の広さには驚かされる。立命館高等学校の生徒の特色の一つに、生徒が主体性をもって、学業以外の行事にも熱心に取り組むということがある。先に述べたJSSFや修学旅行も生徒が行き先を決めるなど、クラスを超えたところでの活動が交友関係を広げるのだろう。
舞台に立つのは恥ずかしい、でもやってみたい!
常に前向きに、学校生活を存分に楽しんでいるように見える雒さんだが、部活については小さな挫折があった。全国大会を目指す吹奏楽部の練習に、初心者だった雒さんはついていけなくなり、同じ目標がもてないと感じ退部を決めた。
だが、あくまで前向きな雒さんだ。すぐに同じ留学生が楽しそうに取り組んでいたという演劇部に転部することにした。どちらかと言うと、控えめで、恥ずかしがり屋な印象の雒さんが演劇部を選んだ理由について聞いてみると、前向きな彼女らしい答えが返ってきた。
「演劇部は初心者でも『役』がもらえると聞いて入部しました。舞台に立つのは、恥ずかしいけど・・、でもやってみたい!きっと日本語もうまくなるだろうし」」
春休み中は友人と毎日顔を合わせるというわけにはいかず、日本語を使う機会が減ってしまうことも心配していたようだ。春休み中に合宿がある演劇部は、その点でもうってつけだったようだ。先日はとうとう初舞台も踏み、緊張の中無事役をやりおおせたらしい。しかも周囲から好評を得て、セリフをもっと増やしてもらえることになった。
表情がリラックスしてきた雒さんの変化
雒さんの日本語の授業を担当し、様々な面でサポートを続けてきた武谷先生は、最近の雒さんの様子についてこう話す。
「雒ちゃんはもともと真面目で頑張り屋。だけど最初は『やりたい』という自分の意思より、周りの期待に答えてしまって『やらなきゃいけない』という思いの方が強いように見えました。でも最近は、表情がリラックスしてきたかな」
のびのびとした校風や親元を離れた生活の中、少しずつ自我が芽生え、自分を見つめ直すいいチャンスになっているのかもしれない。ホストマザーの長岡さんも、武谷先生と同じ変化を感じられていたようで、こう最近の雒さんについて話してくれた。
「最初はすごくシャイなところがあったように思いましたけど、今はとっても明るくなって、表情も変わったなぁと思います。我が家は色んな留学生が出たり入ったりしているけど、物怖じせず打ち解け方も早くなったなぁって。我が家に滞在する他の留学生の女の子たちとも、『若草物語』の四姉妹のように仲がいいんですよ」
長岡さんの勧めで留学生同士、ショッピングなどに出かけることもあるそう。英語も得意なので、ここでもまた一つ交友関係を広げている。
心の豊かな人間に
来日してから半年が過ぎ、最近では残りの日本の滞在時間を考えると焦りも出てきた。「もっと日本語がうまくなりたい」という思いからだ。将来の大学受験を見据えて、もっと勉強を、もっと日本語をという雒さんの学ぶことに対する意欲的な態度には本当に感心させられる。日本の高校生にとっても良い刺激になるだろう。
だが、勉強以外にも日本にいる時だからこそ出来る事もある。ホストマザーの長岡さんは、今まで受け入れた留学生にも関わってもらった、ある計画について話してくれた。
「毎年6月に、被災された方や障害のある方のためのチャリティーバザーを行っていて、我が家に滞在する留学生には、お手伝いに参加してもらっています。人の役に立つこと、福祉の精神やボランティア精神を養ってくれればと思って。また、ここでお手伝いをする事によって、周囲の人たちも『外国人』としてでなく、『個人』として見てくれる。特に中国人の留学生の子達は、真面目でよく働いてくれるので、周囲の人に『あの子えらいね』ってよくほめられるし、それは私もすごくうれしい。こういうのを草の根交流っていうのかな。もちろん今年は雒ちゃんにも手伝ってもらう予定です」
『学生の本分は勉強』というのは事実なのだが、感受性を育む体験も大事にし、色々な人に出会い、心豊かな人間として成長してほしいと考える長岡さんの思いが伝わってきた。
また、日本人にとっても、メディアの描く『中国人像』ではなく、お互いが顔をあわせることによって、国籍を越えて、心の垣根をなくしたいとの気持ちも伺えた。『国』という単位で人を見るのではなく、『個人』としてお互いつきあってきたからこそ、長岡さんは、18年もの間、様々な国の留学生のホストファミリーを続けてこれたのかも知れない。
「今は受験に向かってがんばるだけ」
とつぶやいた雒さん。それでも部活動や様々な人達との出会いや活動の中で、勉強以外の何かも見つかっていくといいな、と思う。