参加者インタビュー
Interviewインタビュー 日中21世紀交流事業に参加された方々に交流を振り返っていただきました
文武両道を目指して
5月に運動会、6月にスピーチコンテストと、バスケ部の練習に汗を流しながらも、様々な行事を経験した朱宇軒くん。時間が足りないと葛藤を続けた一年間。最後の1ヶ月を一体どのような思いで過ごしているのか、話を聞きに訪れた。
スピーチコンテストで2位を獲得
「スピーチコンテストは2位で本当に悔しい」
6月に参加した日本語のスピーチコンテストで2位だった事が余程悔しかったようだ。「準備は万全だったのに」と何度もつぶやく朱くん。
「内容を考えるのに1週間。書いてから直すのに1週間。それから暗記して身振りや手振りをつけて発音の練習をするのに1週間くらいかけました。You Tubeで色んなスピーチコンテストの優勝者の動画を検索して参考にしたりもしました」
テーマは自分自身で設定すればよかったので、日本で生活を送る留学生としての視点を大事にしようと、日常生活の中で感じた“日本の長所”をテーマにスピーチを書き上げた。
「部活で遠征に行った時、チームメイトが電車の中に落ちていた紙くずを拾ったんです。その日は雨が降っていて泥だらけになっていたんですけど、彼はポケットに入れて持ち帰った。それが本当に偉いなって。それから日本語は他人に優しいという特徴があると思い、そういう内容も書きました。例えば「ごちそうさま」は、ただの挨拶ではなくて色々な人に感謝する意味がある言葉だとホストマザーに教えてもらい、僕も自分から何か出来る人間になろうと思ったことなど書きました」
朱くんの目には、日本人の長所は「自分に厳しく、他人に優しくできるところ」と映ったようだ。コンテストで優勝できなかったのは残念だが、日本社会の長所を細やかに見つめる視点が素晴らしいと、周囲もきっと認めての2位だったのだろう。
初めての日本の運動会
5月に開催された運動会で朱くんが出場したのは、「三人四脚」、「騎馬戦」、それに「職員対抗リレー」。「職員対抗リレー」は各学年の数人のメンバーと先生がリレーで競争する種目だ。朱くんは体育委員より、「先生と留学生が競争するときっと面白いだろうから」という理由で選ばれ出場した。
「順位は、3年生、先生、2年生、1年生の順。先生は予想外に速かった。先生が真剣に走るところを見るのは面白かったですね」
中国の運動会でも、先生が走るリレーのような競技はある。しかし日本で経験した運動会と大きく違うところもあると話してくれた。
「日本では応援する人もグラウンドのそばに座って、競技をする人と一緒に盛り上がりますよね。でも中国での僕の学校の生徒数は約5000人。運動場にはとても入らないので、巨大なスタジアムのような場所を借りてそこで運動会を行うんです。だから応援席と競技をするグラウンドの距離が遠いため、あまりよく見えない。自分の出番でない時は、おしゃべりをしたり、売店に何か食べるものを買いに行ったり、ゲームをしたりして過ごすんです。競技をする人と応援する人が一緒になって盛り上がるというのは、もしかしたら日本独特のものかもしれませんね」
他にも蕨高校では部活対抗のリレーがあり、茶道部はお茶のアメを観客に向かってまきながら走ったり、パソコン部はダンボールで製作したパソコンの着ぐるみを身につけて走ったり、見る者を楽しませるユニークな内容だったそう。 朱くんも大いに楽しんだようだが、運動が得意な者だけでなく、応援する者も含めて全ての生徒が参加し楽しめるところに日本の運動会の特徴があるからかもしれない。
文武両道に挑戦して
一年間、「時間がない」との悩みを吐露しながらも辞めることなく続けたバスケ部。
「中国ではそんなに運動をしていなかったし、本当は家でごろごろしている方が楽しいし、「好きだから」とか「楽しいから」との理由で続いたわけではないです」
正直、テスト前には成績が気になり部活に身が入らない時期など気持ちの波もあった。しかしスポーツはもともと辛いものだから、と真っすぐ朱くんは話す。
「運動部に入らないで勉強に打ち込む、それももちろん悪くないと思う。でも自分にとって厳しい環境にいた方が自分が成長できると思い運動部に入りました。それに日本でよく言われる「文武両道」という言葉に興味があって、どんな風にがんばればそれが達成できるか知りたかった。結果は散々でしたけどね」
そう謙遜する朱くんだが、そんな朱くんの頑張りをバスケ部顧問の岩崎先生は一年間見守ってきた。
「実は今日、日本バスケットボール協会から朱くんの登録証が届いたんです。彼が非常に一生懸命頑張っているから、公式戦にいつでもエントリーできるよう登録しました」
朱くんは厳しい練習を嫌がりませんね、と岩崎先生は話を続ける。
「フリースローをはずすとペナルティとしてコートを走らなければいけない時も、彼は「留学生だから」とか「初心者だから」などの言い訳をしない。真面目に走りきります。彼のそんな姿勢を部員も見ているから、皆彼をお客さん扱いしない。パスも本気で出すから朱くんが受け止めきれず、当たってしまって痛がっていることもよくあったけど、そんな本気でお互いやりあう姿を僕はうらやましいなと思って見ていました」
国際交流担当の寺門先生は「朱くんは頑固なところ、自分を曲げない強さがあります。温厚で穏やかな性格だと思いますが芯がある」と話す。
日本人は自分に厳しい、と話していたが朱くんも自分に厳しくこの一年間を過ごしてきた。日本での一年間、勉強をあまりしなかったことを後悔していると話す朱くんだが、それ以上の収穫、成長があったのではないだろうか。一年前に来日した時に比べ、ひと回り大きくがっしりとした体つきがそれを物語っているように思えた。
進学へのつきない迷い
「日本の高校生は想像以上に努力してると日本に来て分かりました。部活に忙しくて勉強する時間がない、というのは言い訳ですね。でも時間が限られている分、集中できた面もあった。疲れてしまってできない時ももちろんあったけど」
成績は本人曰く「外国人らしい成績」とのこと。「英語」や「古文」に苦手意識があり、語学より数学が好きなことから将来は金融関係に進みたいと思っている。
「大学はどこの国の大学でもいいけれど、もちろんレベルの高い大学に入りたいと思っています。でも想像してみてください。中国の受験生は960万人ですよ。この厳しい競争に勝たなければいけない」
朱くんが中国で通う高校では、生徒の90%近くが推薦で大学が決まるそう。
「推薦が受けられればそれが一番楽。でも推薦を受けていい大学に入れたとしても、優秀な人がいっぱいいる中、ついていけるかどうかが心配」
日本で受験するか中国で受験するか、それとも推薦を受けるか、朱くんの迷いはつきない。それでも常に自身を厳しい環境の中に置き、努力を続けてきた彼だからこそ、どんな道を選んでもきっと間違いはないだろうと思えた。
「再来週、日本語能力試験を受けるんです。N1にはもう合格してるんですが、ぎりぎりの点数で合格だったのが恥ずかしいので、もう一度受けようと思って。今度は高得点を狙います」
最後まで、挑戦する姿勢をみせる朱くん。この一年は葛藤を続けながらも自身の成長のために頑張りぬいた一年だった。多少の後悔があったとしても、心の底には大きな達成感がきっと根付いたはずだ。
「実は日本の教科書はとてもいいと思っています。情報が新しいし、よく読むととても面白い。僕の宝物として中国に持って帰ります」
最後に笑顔とともに話してくれたのは、飾らない彼の性格がうかがえるチャーミングなこんな言葉だった。(文責:真崎直子)