参加者インタビュー
Interviewインタビュー 日中21世紀交流事業に参加された方々に交流を振り返っていただきました
生まれて初めて見た海
第3話では、和歌山県立那賀高等学校に通う遅宇希(ち うき)さんを取材。毎日のように日記を更新し、生き生きとした毎日を伝えてくれている遅さん。どんな環境で日々を過ごしているのか楽しみに訪れた。
日本の高校生活を体験したかった
那賀高等学校がある岩出市は、人口約5万人ほど。北京出身の遅さんが初めて関西空港から岩出市へ向かった際、その風景がどんどん山ばかりになっていくので非常に不安に思ったそうだ。
「もしかしたら留学の話は〝嘘"で、私は売られてしまうのかもしれない。そんな想像をしてしまいました(笑)。和歌山県は田舎だよ、と聞かされていたので中国の内陸の田舎のようなところを想像していたんです。トイレも家の外についているような。でも着いてみるととても静かできれいな所。ほっとしました」
家から学校まで自転車で15分ほど。今日1日の予定を考えながら、毎朝ゆっくり学校へ向かう。3ヶ月過ぎた今でも毎日新しい発見があって、新鮮な気持ちで日々の生活を送っていると遅さんは話す。
「日本に留学したかったのは、日本語が好きだったから。小学生の時見たアニメから聞こえた日本語がきれいだなと思って、日本語が勉強できる学校に進学しました。それから日本の高校生の生活を体験してみたかったんです」
分からないことがあればすぐに使用していた「電子辞書」も、今はだんだん登場回数が減ってきた。和歌山弁やそのアクセントにはようやく慣れてきたが、今苦戦しているのは敬語。部活で先輩に話しかけられず、思わず無口になってしまうそう。失敗を恐れる気持ちを乗り越え、リラックスして先輩と会話を交わせるようになるにはもう少し時間が必要なようだ。
高校生活に運動部は切り離して考えられない
中国では演劇部に所属していたそうだが、日本の部活のように毎日ではなく、年に1、2回ほどに限られた活動だった。せっかく日本にきたのだからと、日本の文化が学べる「茶道部」に入部。それにプラスして悩みながらも「卓球部」に入部を決めた。その時の心の中で葛藤する様が、11月18日の日記にも描かれている。
「今日の放課後、国際理解教育部のドアの前でも、まだいろいろ迷っていたんだ。(卓球部に)入部するべきかどうかって。もう心の準備はできていたけれど、日本で運動部に入るってことは大変なことも多いし、とてもきびしい。(~中略)がんばって一度やってみよう!もう辞めたいって思う時もきっとあるだろう。でも様々な困難を乗り越えていきたい。やはり日本の高校生活には運動部って切り離しては考えられない」(11月18日の日記より)
そんな遅さんを見守る国際理解教育部の清家先生とクラス担任の小林先生は、「ひたむきに努力をする生徒」だと口を揃える。
「書道や日本語の授業の時も、こちらがこれでいいよと言っても、本人が納得するまで続けるんです。本人はとても謙遜するのですが、求めるもののレベルが高い。どのくらい伸びるかほんとに楽しみな生徒です」
頑張り屋のあまり授業についていけないと感じた時、涙を見せたこともある。しかし本人は「自分のやりたいことだから頑張るだけ」と屈託ない。それに今年1年は日本でしか出来ない体験を多くしたいと考えている。故郷のお母さんも勉強するより友達をたくさん作って帰っておいで、と送りだしてくれたそうだ。のびのびとした環境で育ったからこそ、思う存分自分のやりたいことに打ち込める。一見控えめな遅さんだが、その口調からは芯の強さが感じられた。
生まれて初めて見た海
クラス内では、面倒見の良いバレー部の生徒や、オーストラリアからの留学生を受け入れている島本さんと仲良しだ。これまで日本の学校で体験したイベントでは、印象に残っているのは遠足。各クラスで行き先を決めるのだが、クラスメート達はまず遅さんにどこに行きたいか聞いてくれた。
「今まで海を見たことがないんです。だから海が見たいと言いました。そしたら”白浜海岸”と”アドベンチャーワールド”に行く計画を皆が立ててくれて。生まれて初めて海を見ることが出来ました」
温かな心遣いをみせるクラスメートや先生たち。それに六期生から心連心の生徒を受け入れているホストファミリーの坂さんも、日本の高校生としてこの1年を存分に楽しんでほしいと大らかに遅さんのことを見守っている。
「宇希ちゃんは、控えめだけど色々なことに興味を持ってます。地域の文化祭に行った時は陶芸に興味をもってやってみたいと言って、おひなさまを半日かかって作ったんです」
実際遅さんは、毎日のように更新する日記の中で饒舌にその日の出来事を語り、好奇心旺盛で表情豊かな一面を覗かせてくれている。市民運動会に参加したり、前述の島本さんのお母さんに連れられて、京都や奈良へ観光に出かけたり。学校生活に加えて部活、それから地域のイベントやホストファミリーとの生活。毎日が様々な色で彩られている。
「皆も優しいし、ここの生活がとても楽しいです。だから皆にそれを見てもらいたくて毎日日記を書いてるんです」
今の心配は、日本の女子高校生のようにおしゃれも楽しんでほしいと願う、坂さんの勧めで切った前髪のこと。中国のお父さんが驚いてしまうかもしれないと遅さんは照れる。これからますます成長していく遅さんが1年後に帰国した際、中国のご両親が一体なんと声をかけるか私も楽しみだ。(文責:真崎直子)