参加者インタビュー
Interviewインタビュー 日中21世紀交流事業に参加された方々に交流を振り返っていただきました
初めての留学生受け入れ
林澤宇さんは上海生まれの上海育ち。中国では上海市甘泉外国語中学で日本語を学んでいた。来日後は、ホストファミリー宅に滞在しながら、千葉市立稲毛高等学校に通う。
お邪魔したお宅は、玄関先に大きなしだれ桜のある瀟洒な一軒家だった。緑が芽吹き始めた春の庭を眺めながら、ホストファミリーの大河原暢彦(のぶひこ)・幸子(ゆきこ)さんご夫妻と、林さんの「家族」の物語をうかがった。
初めての留学生受け入れ
「これをタクが一人で書きました。実によく書けていると思います」
稲毛高校のPTA会報誌「育友」に掲載された林澤宇さんの日本語コラムを、大河原暢彦さんがテーブルに広げる。林さんはここでは、「タク」「タクちゃん」と呼ばれている。
コラムは福島へ英語合宿に行った際の体験を書いたもので、日中英の三か国の違いが短い文章の中に上手くまとめられていた。以前、暢彦さんの勧めで、朝日新聞に投稿し、掲載されたこともあった。
文学が好きで、日本語で詩も詠むという林さんに、「文才があるのね」と言うと、「女流詩人なの」と返ってきた。暢彦さんと妻の幸子さんが、声をあげて笑う。
お二人にとって林さんは初めての「子供」だ。ホームステイの受け入れも、これが初体験だという。「定年退職をしたあと、誰かに必要とされたかった」と冗談めかして話す暢彦さんは、現役最後はアメリカとの合弁会社で働いていた。
「自分の視点は常に欧米に向いていた。アジアや中国について多少なりとも勉強してみよう」と思い、中国人高校生を受け入れることを決めた。
日本人以上に礼儀正しい16歳
最初は「異文化の塊」がやってくることに、一抹の危惧もあったそうだ。しかし、「タクちゃん」は礼儀正しく、気遣いのできる16歳だった。あまりの違和感のなさに、逆に拍子抜けするほどだったという。
「その裏で、タクは大変な努力をしているのでしょう」と暢彦さんは気遣うが、当の本人は「最初はちょっと緊張したけど、でも大丈夫」とあくまでも自然体だ。
実は、林さんの上海のご両親は、日本で知り合って結婚したという日本通だ。特にマナーは厳しくしつけられたという。このため林さんは、脱いだ靴はきちんとそろえ、挨拶もかかさない。食後、自室に戻るときでも、「戻ります」と断って行く。
「それに、家では私の意向をくんでくれるところがあって、感心します」と幸子さん。上海では夫が妻をたてる家庭が多い。林さんもそんなご両親を見て育った。
「だから、家庭の中で和を保つコツを、自然に身につけているんですね」
幸子さんの言葉に、また笑いがはじける。
「父」の尺八と「娘」のチェロで中国民謡を合奏
そんな幸子さんは、多忙を極める仕事を持ちながら、毎朝、林さんのためにお弁当をつくっている。また、部活選びで迷っていた彼女が、弦楽オーケストラ部に興味をもつと、「うちにチェロがあるよ」と声をかけたのも、幸子さんだった。大河原家では暢彦さんが尺八を吹き、幸子さんがチェロを弾く。
おかげで林さんはすっかりチェロにはまってしまった。毎日、部活で遅くまで練習し、あっという間に上達した。2015年1月、千葉県教育委員会主催の演奏会に稲毛高校が出場した際は、林さんもその大舞台に立った。
家では暢彦さんの尺八と林さんのチェロで、中国民謡の「茉莉花(ジャスミン)」を合奏することもあるそうだ。
暢彦さんのカメラには、林さんが来てからの「家族写真」がたくさん記録されている。それらを1冊にまとめたアルバムを拝見すると、最初は緊張した面持ちだった林さんの表情が、あっという間に和らぎ、毎日を生き生きと楽しんでいる様子が伝わってくる。
大陸から来た鳥の止まり木に
「異文化」と、上手くやってゆく秘訣は何か。その問いに、暢彦さんは「お互いへの好奇心かな」と、小さくつぶやいた。ご自身も、中国語を習っている。
「タクに中国語で話かけても、首をかしげられてしまうんです」と苦笑しつつ、「いつか、尺八を吹きながら中国を旅したいです」と、夢を語る。
一方、林さんに日本での暮らしはどうかとたずねると、「楽しいことしかない!」と即答だった。通学ラッシュは大変だし、遠回しな日本的表現に戸惑うこともある。しかし学校では、第二外国語が中国語ということもあり、声をかけてくれる友達が多かった。部活は土曜日まであり多忙を極めるが、そこで得た友はなにものにも代えがたい。
「将来の夢は、日中の懸け橋となること」と、林さんは話す。目下の目標は、国際交流基金と国際教育振興会が実施する外国人による日本語弁論大会に選出されることだ。そのためには原稿を書かなくてはらないのだが、内容が決まらない。暢彦さんは「彼女ならきっとできるでしょう」と、黙って見守っている。来日早々、難関の日本語能力試験(JLPT)N1を約3カ月で取得した林さんのチャレンジ精神を高く評価しているのだ。
「この家は、大陸から飛んできた鳥の止まり木のようなものだと思っている」と暢彦さん。
「タクの将来にはすごく可能性がありますから、これから彼女が生きてゆく上で、思い出になるようなことができればと思います」
大陸からやってきた「小鳥」は、ここで羽を休め、やがて大きな青空へと力強く羽ばたいてゆくことだろう。
取材/文:田中 奈美 取材日:2015年3月27日