参加者インタビュー
名前
王 華一(おう か いち) さん
プロフィール
1994年生まれ。遼寧省瀋陽市出身。「心連心:中国高校生長期招へい事業」第六期生として2011年9月~2012年7月まで秋田県立秋田北高等学校に留学。現在、京都大学薬学部薬科学科に在籍。
ひざが悲鳴をあげたバスケット部
京都大学キャンパス内のカフェ。すでに試験期間も終わった2月中旬、ほどよい混み具合の店内に、183センチの長身の青年が目の前に現れた。キリリとした眉が意志の強さを感じさせる。
王華一さん、薬学部薬科学科2年。中国東北地方でも有数の進学校、東北育才学校2年時に、秋田県立秋田北高等学校に留学した。
バスケットボール部で汗を流した1年だった。留学を終えて帰国前に開かれる報告会では生徒たちを代表して、「練習が厳しかったこと」「試合で最後にシュートを決めたこと」「チームプレーの大切さを学んだこと」などを発表した。
中国にいた頃からバスケットは個人的に楽しんでいたが、入部してその練習量にまず驚いた。
「部活は1日3、4時間のハードなもので、最初は、ひざが悲鳴を上げるほどでした。週末も練習試合になることが多かったです。母国に帰ってボールをさわった時、自分自身が上達したことと、すごく体力がついたことを感じました」
勉学にももちろん熱心に取り組んだ。国語では古文と格闘し、夏目漱石にも挑戦したおかげで「日本語が上達した」。日本史には苦労したというのだが、校内でセンター試験の問題に取り組んだときには、全教科の総合点は全校2位だったという。さらりと話す口調にも嫌味がない。
「超親切」なホストファミリーとともに
ホームステイ先にも恵まれた。
「最初に2週間はホームシックにかかりましたが、それ以後は、完全に慣れました」
留学生を数多く受け入れてきた経験のある家庭だった。日本の伝統的な文化を体験させたいとあちこちに連れ出してくれた。竿灯祭り、なまはげ…、いくつもの思い出を日本の家族と共有した。親族のお葬式にも参列し、「家族と同じように接してくれる温かさを感じました」と話す。と同時に驚いたのは、正座だ。
「正座をしてもお父さんやお母さんは足がしびれない。すごいですよね」
仕事と家事を両立させるお母さんの美味しいお弁当も懐かしい。好きだったおかずは?
「卵焼きです。『中国では餃子の味が家庭によって違うように、卵焼きは家庭によって味が違う』とお母さんから教わりました。お母さんの卵焼きですか? 甘くてふわふわでしたよ」
すべてに全力投球で取り組む王さん。「超親切だった」というお父さん、お母さんに喜んでもらおうと夜中、こっそりガスコンロをピカピカに掃除したこともあったとか。翌朝、ガスコンロが点火しなくなり、時間をかけて修理することになったのだけれど、お父さんやお母さんはさぞかし嬉しかったに違いない。
「優」「秀」が並ぶ成績表
留学生活の思い出を胸に2012年7月帰国。母国の高校を卒業し、2013年10月再び日本へ。母校と提携する日本語学校に籍を置きながら受験準備をして、京大へ進学した。これまでの学業成績も優秀だ。
薬学部の成績は「優良可」の三段階の上に、100点満点で90点以上の「秀」がある。1年の前期は17課目中で「優」と「秀」が13科目、後期は13全科目が「優」か「秀」だった。2年の前期は11課目中6科目が「優」「秀」。後期は2月中旬時点で判定が出ている5教科すべてが「秀」だった。
2年前期の成績が彼にしては見劣りするのは、アルバイトに時間をとられてしまったから。日本の大学進学を希望する中国人学生のための塾に関わり、教えてきたのだという。
「同じ京大の中国人の先輩と一緒に塾を運営してきました。中国人学生の助けになればと思ってきましたが、やはり僕たち学生は自分の学業を優先しなければいけないので、去年でバイトはやめました」
多少寄り道もしたが、「違う」と思えばすぐに軌道修正をする。幸い日本の某財団より奨学金を支給されているため、贅沢をしなければ日々の暮らしには困らない。住まいは大学から少し離れているが、割安な物件を中国出身の京大生2人とルームシェアする。部屋もきっと整頓されているに違いない。そう思って尋ねると、「はい。きれいな部屋を見ると、勉強の効率も上がりますから」。
社会に貢献できる力を身につけたい
余暇の過ごし方を聞いてみた。
元来、体を動かすのが大好き。勉強の時間を削らねばならないサークルには入れないので、スポーツジムで汗を流す。メニューも決めて、ジムにはほぼ毎日通う。何をやってもきちんとしている優等生なのだが、「ジムで、山中(伸弥)先生を見たこともありますよ」とちょっとミーハーな発言をするお茶目な部分もあって、少し安心した。
料理も苦にならないので、新しいメニューにも挑戦している。先日は、ネット動画を見ながらパエリアにも挑戦したそう。「でも、材料費にお金がかかってしまって、外で食べたほうが安かったです」と、苦笑い。
高1の頃から楽しむギターも時々、弾いたりする。
「秋田のお父さんはギターが上手だったので、教えてもらったこともありましたよ」
本を読むのも大好きだ。小説から専門書まで幅広く、瀋陽の母から中国語書籍を送ってもらうことも多いという。
父は歯科医で母は看護師。幼い頃から、両親と同じ医薬の世界へと願ってきた。学部卒業後は、大学院に行き研究者の道を進むことも視野に入れつつ、今後、学んでいくなかでゆっくり決めていくつもりだ。
「自分が楽しくやっていくと同時に、社会に何かの価値を生み出し、貢献できる能力を身に着けたいと思っています」
医薬分野で明確な目標を持てた時、これからも続いていく努力が実を結び、大きく羽ばたいていけるはずだ。
【取材を終えて】
第二の故郷・秋田に行ってみたいと思いながらも、旅費が高くてまだ行けてないという王さん。「青春18きっぷ」を利用してみたらと言ってみた。春季・夏季・冬季の一定期間に販売される、JRの普通・快速列車が1日乗り放題の切符なのだと説明する。スマホで検索すると、秋田へ行くいろんなルートがざくざく出てきた。
「途中下車して、全国に散らばる中国人の友人を訪ねてもいいんじゃない?」。王さんはうなずきながら、「青春18きっぷ」とノートに丁寧にメモしていた。
学期中は、教室と図書館、ジム、自宅を移動する規則正しい生活を送る王さん。長期休暇くらいは勉学から離れ、日本のあちこちを旅してほしい。普通列車の車窓からゆったりと日本各地の風景を見れば、ますます英気を養えるはずだから。
(取材・文:須藤みか 取材日:2016年2月18日)