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JAPAN FOUNDATION 国際交流基金[心連心]

日本と中国の若者が未来を共に創る

参加者インタビュー

Interviewインタビュー
日中21世紀交流事業に参加された方々に交流を振り返っていただきました

Vol.70
心連心15期生、3か月目からのチャレンジに向けて(下)

 「心連心:中国高校生長期招へい事業」が約4年ぶりに再開し、15期生9名が来日して2か月あまりが過ぎた。2023年12月、3か月目研修が埼玉県の国際交流基金日本語国際センターで開催され、日本各地の高校で学ぶ15期生が集合した。

 この2か月、彼らは日本でどのような体験をし、どのように課題に直面したか、研修初日に取材した個人発表とそれぞれの体験談をオムニバス形式で紹介する。

前編に続き、後編をお届けします。前編:https://xinlianxin.jpf.go.jp/network/interview/069/

[3]友達づくりへのチャレンジ――SHさんとZHさんの話

 SHさんは遼寧省瀋陽の出身で、大分県の高等学校に通う。発表でSHさんは素敵なデザインのスライドを作成、自分で撮影したという大分の美しい風景を紹介した。寮生活ではお風呂が温泉だそうで、「お風呂に入る時が幸せ」という話に、他の生徒から羨望の眼差しが向けられた。

 ZHさんは四川省成都の出身で、鹿児島県の高等学校に通う。来日後、さっそく学園祭があり会計を担当したそうだ。部活は弓道部に入り、「先輩たちが矢を射るときの姿がカッコいい」と話す。仲のいい友達もでき、友人二人と市内に買い物に行ったときの写真で発表を締めくくった。

 充実した毎日を過ごしているように見える二人に、友達づくりについて話を聞いた。

――最初に友達づくりで工夫したことはありますか?

SHさん 僕は寮に入ったとき、中国のお土産を配りました。その時、「沈君、なんのスポーツが好き?」と聞かれ、「サッカーです」と答えたのですが、「僕らはみんなバスケ部なんだよね」と言われました。僕は本当にサッカー部に入りたかったけど、寮生のみんなから「お願い、バスケ部に入って」と言われて、バスケ部に入りました。

 でもそれでよかったと思います。みんなと仲良くなれたし、実はバスケ部の顧問の先生がクラスの担任で、いろいろと助けていただいています。サッカーは昼休みにクラスメイトたちとやっていて、それも楽しいです。

ZHさん 私も寮生活で三人部屋なので、中国のお土産をいっぱい配りました! クラスでは外向的な人と仲良くなって、毎日lineしたり、インスタグラムで交流したりしています。彼女は本当にやさしくて、とてもかわいいです。

――日本と中国でギャップを感じることはありますか?

SHさん 体育系の部活がこんなに大変だと思いませんでした。毎日、練習がありますし、練習の日は必ず走ります。週二日は自由練習なので休んでもいいのですが、寮のみんなが練習をしているので僕も行きます。毎日、みんなすごく練習しています。

ZHさん 私は礼儀の厳しさにびっくりしました。日本人が礼儀正しいのは知っていましたが、寮の先輩・後輩の関係が厳しいです。廊下で先輩に会ったら、必ず笑顔で「お疲れ様です」と大きな声で言わなければいけません。お風呂入るときはお辞儀をして、先輩の目を見て「お疲れ様です」と言いますし、出るときもそうです。

――中国にいたら気づけなかったこと、日本に来て気づいたことはありますか?

ZHさん みんな「二次元」ではありません!

SHさん 「二次元」とはオタクのことです。

ZHさん 中国にいるとき、日本人はみんなオタクで、アニメが好きだと思っていました。でも実際はクラスに一人か二人くらいです。私とSHさんはK-POPのアイドルが大好きで、私は小学5年生くらいからずっとファンです。

SHさん K-POPは日本の高校でもよく話題になります。男子生徒でもBTSのファンなどけっこう多いです。僕は、今は少しオタク度を下げていますが、『ONE PIECE(ワンピース)』など日本のアニメも好きでよく見ています。

――将来はどういう方向に進みたいですか?

SHさん 先輩が東京大学薬学部に進学したので、僕もそこを目指したいと考えています。でも実は絵を描くことも好きで、建築学にも興味があります。今は中国に戻るまでに日本語能力試験のN1で満点を取るくらい日本語を上達させたいです。

ZHさん 私は早稲田大学の政治経済学部か社会科学部などを目指したいです。社会学、特にジェンダーに興味があります。でもその前に、日本人と間違えられるくらいの日本語を話せるようになりたいと思っています。

[4]日本生活を存分に楽しみ、未来へつなげる――Dさん、WZさん、LSさんの話

 Dさんは河南省洛陽の出身で、愛知県豊橋市の高等学校に通う。Dさんの発表は、歴史ある豊橋市の紹介から始まった。学校では和太鼓部に入部し、週末はいろいろな場所で行われる公演に同行するそうだ。愛知県の方言を紹介し、質問タイムでは「方言しゃべってみて!」とリクエストを受けた。恥ずかしがりつつ「~じゃん」と三河弁を披露すると、「かわいい!」と声があがった。

 WZさんは山東省済南市の出身で、愛知県の高等学校に通う。WZさん発表では夏・秋・冬で変わる制服を紹介、修学旅行で長崎にも行ったと話す。部活は剣道部で、声をあげて練習する映像を披露。他の生徒から「声を出すのは恥ずかしいですか」という質問が出ると、「かっこいいと思います!」と即答した。

 LSさんは遼寧省瀋陽の出身で、埼玉県の高等学校に通う。発表では川越祭りで花火大会を見た話、「あーね」や「それな」などの身近でよく使われている流行語を紹介した。体育のランニングでははじめ13分しか走れなかったが、少しずつ距離を伸ばし30分走れるようになったそうだ。中国の文化に興味をもってくれる生徒も多く、学校生活が楽しいと話す。

 三人それぞれの日本での生活と将来の夢について聞いた。

――みなさんはどのようなきっかけで日本語の勉強を始めましたか?

Dさん 小さいとき両親と一緒に日本のアニメを見ていました。それで日本に興味を持ち、中学で外国語学校に進学して日本語の勉強を始めました。

WZさん 私も小さいころから日本のアニメが好きで、中学から日本語を始めました。

LSさん 私は小学生のとき、日本に旅行に来て、食べ物のおいしさに感動しました。特にスイーツがおいしかったです。そのとき日本人の礼儀正しさが印象的で、もう一度行きたいと考えるようになりました。それで中学から日本語の勉強をしました。

――日本について、中国にいたときのイメージと違うことはありますか?

Dさん 日本の高校生は放課後、遊んでいると思っていたのですが、実際は勉強も含め、いろいろな努力をしていてイメージが変わりました。

WZさん 古典の授業に漢詩があって、すごくびっくりしました。

LSさん 日本人の人間関係は薄いというイメージがあったのですが、高校生はそんなことありません。みんな情熱的でやる気に満ちていて、イメージがかわりました。

――日本の高校生活で大変なところはありますか?

Dさん やはり一番難しいのはことばですね。授業は日本語なので、来たばかりのころは全然聞き取れませんでした。今も六割くらいだと思います。

WZさん 私も日本語は大変です。生物や化学の単語がわかりませんし、特にカタカナは難しいです。それでも毎日が幸せです。中国にいたときは、早朝から夜までずっと学校でした。でも日本では授業の時間が短くて自分の時間を持つことができます。

――友達をつくる面での難しさはありますか?

Dさん クラスメイトはみんなやさしいし、わからないところがあれば、すぐ答えてくれます。部活は和太鼓部で、難しくてわからないこともありますが、メンバーが熱心に教えてくれます。いろいろ教えてもらっているうちに、だんだん仲良くなりました。

 寮の友達とはまだ遊びに出かけたことがありませんが、今度、私のほうから誘ってみようと思っています。

WZさん 私が通う高校は女子高でみんなやさしいです。日本と中国のハーフの友達ができましたし、みんな中国に興味を持ってくれて、中国の文化を紹介したら、すごく関心をよせてくれました。

 私はホストファミリーの家に滞在しているのですが、実はお母さんが中国人で、わからないことがあればいろいろ教えてもらえます。

LSさん 私も普通に交流できていると思います。「文化」みたいな大人な話題ではないですが、「中国では高校生の恋愛が禁止されていて、見つかったら処分される」というような話に、みんな興味をもってくれます。

――帰国までの目標や、今後の夢はありますか?

Dさん 以前は帰国後、中国で日本語の先生になりたいと思っていました。でも今は日本の大学に入りたいと考えるようになりました。

WZさん 私は医者になりたいと思っていて、できれば東京大学を目指したいです。

LSさん 帰国するまでに、日本人と同じように日本語を話せるようになりたいです。今はまだジェスチャーを交えながらやり取りしています。高校生の間で流行っている言葉もたくさんあり、みんな早口で、誰かが冗談を言って笑っていても、私だけわからないということもあります。もっと自然にコミュニケーションをとれるようになりたいと思っています。

 それから自立したいです。私は日本に来て、自分がやったことに責任を取るということを学びました。中国の先生は厳しいですが、私がもし何か問題を起こしたらどうすべきかを示してくれます。でも日本では自分で考えて、自分でやらなければなりません。中国と違ってスマホの使用も恋愛も自由ですが、自立できないと将来的に失敗すると感じています。

 卒業後は日本に留学して日本の会社に入るかもしれません。でもそのあとは国連に行きたいと考えています。

[取材を終えて]

 2000年代後半生まれの15期生は、親の世代が日本のアニメを見ていたという生徒や、日本に旅行したことのある生徒も少なくない。一方、日本の生徒も中国に興味を持つ人は多いと言う。お互い距離は近くなったものの、国を超えた「友達づくり」や異国での暮らしへのチャレンジはいつの時代も変わらない。週末に一人で過ごすと話していた寮暮らしの生徒たちは、正月は学校の先生やクラスメイトの家などにホームステイを予定しているそうだ。彼らの残り7カ月のチャレンジにエールを送りたいと思う。


取材・文:田中奈美 取材日:2023年12月6日

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