参加者インタビュー
Interviewインタビュー 「心連心:中国高校生長期招へい事業」第15期生 帰国前報告会&レセプションレポート【前編】
Vol.72 『日本で経験したことは、一生涯の宝物』
2024年7月18日、「心連心:中国高校生長期招へい事業」第15期生たちの留学プログラムを締めくくる、帰国前報告会と帰国前歓送レセプションが東京の都市センターホテルで開催されました。中国人留学生たちは10か月の日本での留学生活の中でどのような活動を行い、何を考え、どのような成長したのか。前編では帰国前報告会の模様をリポートします。
温かい拍手で迎えられた「心連心:中国高校生長期招へい事業」第15期生9名が、晴れやかな表情で会場の前に並んだ。
来賓の中には留学生がお世話になったホストファミリーの家族や、留学生が10か月間通った学校の先生の姿もあった。
最初に国際交流基金の佐藤百合理事による主催者挨拶が行われた。
佐藤理事は冒頭、「心連心:中国高校生長期招へい事業」について、未来志向の日中関係を築く礎となり、より深い青少年交流を行うため、日中両政府の合意にもとづく事業として2006年度に開始されたものであることを説明。コロナ禍で3年間の休止を余儀なくされ、4年ぶりに15期生を迎えることができた喜びを伝えた。
2006年の事業開始から15期生までを合わせて451名の中国の高校生が本プログラムに参加したこと。そして卒業生のうち今年の4月時点で251名が留学や就職などの形で来日したほか、日本語学科への大学進学や日本語教師、外交官として日本にかかわる業務に携わっていることを報告。この事業によって日中交流の担い手が育っている成果を報告した。
「それぞれの留学生が時には文化の違いに戸惑い、時には大変なことや辛いことも経験した中で、それを乗り越え、日本の社会や文化についての実感の伴った経験をし、理解を深めることができました」(佐藤理事)。
留学生を支えてくれた学校、ホストファミリーのほか、中国の政府関係者に感謝を述べ、「中国と日本の若い皆さんがともにつくる未来を楽しみにしています」と話した。
続いて「映像で見る第15期生の一年」として、15期生の来日研修や外務省表敬訪問の模様のほか、それぞれが留学に寄せた思いや抱負を述べる模様や、高校生活や学校行事、部活動に参加する姿など、この10か月を振り返る映像が約8分間、会場のスクリーンに映し出された。少しずつ学校に慣れ、現地の高校生たちと交流を深めていく様子がうかがわれた。
招へい生による活動報告――董易文さん
そこからは15期生3名による活動報告へと移る。
最初に発表を行ったのは、愛知県の高校で留学生活を送った董易文さん。彼女が入ったクラスは英語力を重視するクラスだったという。しかし来日するまで英語力はゼロだったという董易文さんは「クラスメイトを見習って、何度もプレゼンテーションを行い、自信を深めていきました」と報告。
部活動にも力を注いだという。彼女が選んだのは和太鼓部だ。入部したての頃、不思議に思ったことがあったという。練習で演奏のできがよかった時、部員たちが涙を流す姿に「なぜ泣くのか、理由がわからなかった」という。
ところが約1年間、部員とともに自らも篠笛を練習してその理由が理解できたという。
「自分と楽器が一体になって、すべての感情を込めて演奏していたからこそこみ上げてくるものがある。これが伝統文化だと感じました。部員みんなでつくり上げる舞台を経験できたことが一番の宝です」と語った。
留学中は寮生活を送っていた董易文さんだが、正月の1週間は、同じ部員の友だちの家にホームステイしたことも報告。「初めて1人で異国での新年を過ごす時、ホストファミリーがいたからこそ、寂しさを感じなかった。その1週間で忘れられない思い出ができました」(董易文さん)
以前は人見知りで、自分から人に声をかける勇気もなかった。初めて自分で電車に乗る時や道がわからない時、人に尋ねる勇気もなかったという董易文さんだが、その時に友だちの大切さを実感したという。「友だちがいたからこそ、留学中のさまざまな困難を乗り越えることができました」という董易文さん。日本の学校での部活やさまざまな交流を通じて、自分に自信を持つことができたと成長ぶりを語った。
招へい生による活動報告――翁月瑩さん
2番目に発表したのは、長崎の高校で留学生活を送った翁月瑩さん。上海の大都会で育った翁月瑩さんにとって、海や山に囲まれた長崎の高校生活は新鮮で、自然が好きになったという。
日本の留学生活を経て最も変化したのは、自分で生活を管理する能力を身に着けたこと。日本に来て初めて自分で日用品を購入したり、多額のお金を管理する経験をした。「初めて買物に行った時に日用品をたくさん買い、お金を使い過ぎてしまって不安になりました」と失敗談も披露。
一方、留学前と変わらないのは、「日本文化に対する熱意」だと話す。留学前から日本語を学び、日本の文化に興味があったという翁月瑩さん。留学を通じて新たな文化や言語を学ぶ喜びに気づいた。更にコミュニケーションの重要性や多様性を受け入れる柔軟性の大切さ、そして自己成長の喜びを知ったと話す。
「留学中に得た経験を通じて、異なる背景や価値観を持つ人々と協力し合い、新たな挑戦に対処する力を身につけました」(翁月瑩さん)
これから日本に留学する人へのアドバイスとして「一番重要なのは、自分が外国人だという自覚を持つこと」だという。日本に来ると、日本人のような振る舞いをしたくなる。だが「自分に厳しいのはいいことですが、厳しすぎて交流するのが怖くなるのは逆効果。自分のできる範囲で自然に話したほうが相手も楽しく会話できる」と自らの体験から得た教訓を伝えた。
招へい生による活動報告――王子芸さん
3番目に登場したのは、愛知県の女子校で留学生活を送った王子芸さん。カトリックの学校だったことで、まったく違う教育を体験できたことは貴重だったと振り返る。お祈りと賛美歌の歌声で1日が始まる雰囲気が気に入ったという。
王子芸さんは日本に来て、自分が変わった点と変わらなかった点を中心に発表。
変わった点ではまず、日本語が上達したことを挙げた。日本語のレベルが上がるとともに、自分の考えや表現の仕方も学んだとつけ加える。
2つ目は、文化体験。異なる国の文化、習慣、生活を深く理解し、体験できた。その一つとして挙げたのが中国ではあまり意識されていないという「ごみの分別」。
「少し面倒ですが、環境保護の重要性を知りました」と王子芸さん。
一方、変わらないのは、日本文化への興味だという。特に、日本のアニメへの興味はさらに深まった。「いいアニメ作品は単なる娯楽を超えて、教育の域にも達すると思います」と語った。
さらに「10か月で気づいたこと」として挙げたのが、日本人の「自分の考えを曖昧に表現する特性」だった。王子芸さんはその特性を「相手の意見や感情を尊重する姿勢」と分析。
日本人の曖昧さは他国の人にとって理解しにくいものだが、「良好な人間関係やチームワークを維持し、積極的なコミュニケーションの習慣を身につけるうえで重要です」と伝えた。
「今回の留学経験によって、快適圏から離れて未知の国で自律的に暮らすことや勉強をすること、そして問題に直面して解決することを通じて成長しました。これらすべてがより冷静かつ勇気ある行動へ導いてくれました」(王子芸さん)
修了証書の授与
3人の発表が終わり、佐藤理事より15期生一人ひとりに修了証書が授与された。その際、修了証書を受け取った留学生一人ずつに司会者から質問が投げかけられた。
最初に修了証書を授与されたのは、北海道の高校に留学した李青陽さん。「李青陽さんは音楽部でバイオリンや讃美歌の練習に励みましたが、音楽部での1番の思い出は?」との質問に、「一番はクリスマスコンサートです。バイオリンは難しくて、しかも2か月間しか習えませんでしたが、音楽部の友だちのおかげでハレルヤという曲をみんなで一緒に演奏することができました」と晴れやかに答えた。
東京の高校で留学生活を送った王嘉隆くんには、会場に彼を指導してくれた学校の先生が来場されていたこともあり、「先生に伝えたいことは?」の質問。
「先生がたの支えがあったからこそ、修了することができました。ありがとうございました」とお礼を述べた王嘉隆くん。さらに司会者から「先生に怒られたことはありましたか?」と質問されると、間髪入れず「はい、結構ありました」と答え、会場に笑いの渦が巻き起こった。
最後に修了証書が授与されたのは朱語晨さん。彼女は鹿児島県の高校で留学生活を過ごした。この日、会場にはホストファミリーのお母様が会場に駆けつけていた。その朱語晨さんに司会者から「ホストファミリーのお母様の思い出と、鹿児島弁で一言お願いします」とのオーダーが。
「ママさんはとても優しくて、いつも美味しい料理を食べさせてくれました。本当にありがたかったです」と話す。その間にお母様が涙を流している姿を見つけた朱語晨さんは思わず「ママ、泣かないでください。ママのこと大好きなので、中国に帰ってもまた日本に戻ります」と優しい言葉を投げかけた。そして最後に「ママ、これからも“キバレヤで”!(頑張ってください)」と鹿児島弁で元気よく声を上げた。
15期生一人ひとりが考えた「心連心」の意味
その後、10か月のプログラムを終えた15期生が、自らが考える「心連心」の意味について発表。
「日本に来る前は、互いの心を理解することだと考えていました。でもこの留学生活を通して、100パーセント理解することは難しいと思うようになった。心連心の意味は互いに理解することじゃなく、『理解しようとする心』だと思います。違いを認めることで平和な世界が作れると思います」(李青陽さん)
「人と人の間には心の壁がある。しかし出会う人とはご縁があるのだと思う。前世や前々々生に出会っていたからこそ、今出会えた。ご縁があることで心はつながるのだと思う」(劉斯恬さん)
「高校生は無邪気。だから心と心の壁を取り払うことができる。それが心連心の意味だと思う」(王嘉隆くん)
「お互いをより深く、理解すること。それが心連心。多様な心を理解するには、自分の見方を変える必要がある。そのために多様な人との交流が大切。心連心のプログラムはそのための多様な出会いを経験させてくれたので感謝です」(朱語晨さん)
実感を伴う考えを9名が語った後、招へい生代表として大分県の高校で留学生活を送った沈瑞麟くんが謝辞を述べた。
「この10か月は充実した時間でした。異なる国に住んでいる人々の考え方がこれほど違うと思いませんでしたが、忘れられない体験を与えてくださったみなさまに感謝します」
そして15期生は温かい拍手を受けながら退場。
深い感動を残して最終報告会は幕を閉じた。
取材・文:大島 七々三 取材日:2024年7月16日
「レセプションの模様をレポートするともに、10か月のプログラムを終えた留学生3人にインタビュー(後編)」に続く