参加者インタビュー
Interviewインタビュー 日中21世紀交流事業に参加された方々に交流を振り返っていただきました
限られた時間の中で
第5話では埼玉県立蕨高等学校に通う、朱宇軒(しゅ うけん)さんを取材。高校ではバスケットボール部に入部し、練習に汗を流す忙しい毎日を送っている。勉強と部活の両立に悩みつつも、限られた時間を充実させようと奮闘する姿を描いた。
日本の社会について知ることが楽しい
埼玉県にある蕨高等学校は県内有数の進学校でありながら、国際理解教育を重視し短期や長期での留学生の派遣や受け入れにも積極的だ。現在は朱さんの他に、ドイツと韓国からも留学生が来日している。毎週木曜の午前中には、朱さんをはじめとして、留学生達は日本語学習をサポートしてくれるボランティア団体「くすのき」が主催する日本語の授業を受けに通う事が出来る。「くすのき」の先生は一線を退いた社会経験豊かなシニア世代が主に担っており、語学だけではなく、日本社会などについて幅広い知識が学べる。
「日本語能力検定の試験を受けるので、この前はその内容を一緒に復習しました。普段の授業では日本の新聞を読んだりして、学校とは違う勉強や日本の社会について知ることができるので楽しいです」
授業を受けるだけではなく、昨年11月には「くすのき」主催の発表会があり、朱さんも日本語でスピーチを行った。「日本に来て、見たことや感じたこと、日本での生活についてスピーチしました」と語ってくれた。来日当初の1ヶ月は、慣れない部活や日本語での勉強などに混乱してしまい集中力を失ってしまったこともあったが、次第に環境に慣れていき、自分のペースをつかんでからは、落ち着いて勉強や部活に取り組めるようになったとスピーチを締めくくったそうだ。
来日前に何年間も日本語と日本について勉強してきていたためか、来日前に思い描いた日本と実際のイメージとで違って驚いたことはそれほどないようだ。だが、そうは言っても「現実の」日本社会だ。日本に触れることが出来る機会を大切にしたいという思いが強く、暇を見つけては積極的に出かけている。
「元旦には明治神宮に行ってきました。すごい人出で驚きました。それから原宿や渋谷にも。渋谷のアディダスで福袋を買いたかったんですが、僕の身長、187センチというサイズがなくてあきらめました」
来日して半年も経たないうちに、なんと、東京都23区を全て訪れたそうだ。ただ単純に訪れるだけではなく、「浅草の雷門の提灯はパナソニックの松下さんが寄贈したものですよね」とのうんちくまで披露してくれたように、「日本を知ろう、体験しよう」という思いの強さを感じた。
寝起きを共にするホストファミリー
朱さんが滞在するホストファミリーの「榑林(クレバヤシ)家」では、同学年の利希(としき)さんと一つの部屋で寝起きを共にしている。留学生の朱さんも大変だろうと思うが、受け入れる側の利希さんも全くの他人だった朱さんが同部屋になって、窮屈な思いをしていないのだろうか。
「頭の向きを逆にして、布団を隣り合って敷き寝ています(笑)。寝る時間はそれぞれ別なんですが、来た当初の朱くんは布団に入るとすぐぐっすり眠ってしまっていたので、がんばってるんだな、と思っていました」(利希さん)
利希さんから出てきた言葉は、窮屈な思いをして寝ている不満よりも、日本に来て大変な思いをしている朱さんへの思いやりの言葉だった。毎日のバスケ部の練習に、日本語で受ける授業。慣れない環境での疲れから、布団に入るとぐっすりと眠ってしまっていたそうだ。疲れがひどく、朝起きられない事もあったようで、利希さんがその時の事を話してくれた。
「一度朱くんが朝練のために5時40分にアラームをかけていたのですが、アラーム1曲終わっても起きてこない。他の家族は全員起きたのですが(笑)。その時はさすがに母が、「起きないのだったらアラームを鳴らさないで」と朱くんに注意してましたね。それからはアラームを鳴らさずに僕が30分ごとに声をかけて起こしています」(利希さん)
利希さんと朱さんで夕飯作りを手伝うこともあるそうだ。中国でも家族3人で夕飯を作ることがあったので、朱さんも料理には慣れている。「カレーやおでんは結構簡単ですよ」と日本の料理にも挑戦しているようだ。一人っ子の利希さんが「ずっと友達が泊まりに来ているような感じ。朱くんは結構天然なところがあるんですよ」と笑顔で話す姿が、楽しい毎日を伺わせてくれた。到着した時から「さほど緊張しなかった」と話す朱さんだが、榑林家が自然体で受け入れてくれているおかげなのだろう。
バスケ部の仲間達
もともと運動することが好きな朱さん。幼稚園の頃から水泳の選手に選ばれて、週に5回毎日10キロメートルほど泳いでいた。その幼い頃の鍛錬があったのだから、バスケ部の練習についていくのはそれほど大変ではなかったのでは。
「小学6年生から中学までは受験があったので、あまり体を動かす機会はなかったんです。生物部もちょっといいかなと思ったんですが、母の勧めもありせっかく日本に来たのなら運動部に入ろうと思って選びました」
バスケ部の平日の練習は16時から19時の3時間。試合前になると練習も熱が入り、家に着くのが21時ごろになることもある。もちろん土日にも練習があり、冬休みには毎日のように練習試合があった。大変なようだがもともと運動が好きな方でもあり、幼稚園の頃から水泳の選手に選ばれ、朱さんであれば、十分ついていけるのだろう。入部時から見守っているバスケ部顧問の岩崎先生が、部活中の様子について次のように語っている。
「朱くんは非常に真面目。公式戦には出られないけど、練習試合には出て活躍してもらっていますよ。彼が参加することによって、他のチームメイトもはっきり意思を伝えあうようになりました。互いにコミュニケーションをしっかり取ろうという意識が大きくなっていますね。それに練習中、部員が彼に教えなくてはならない場面では、一度自分の中で整理してからアドバイスするようになっています」
他の部員との仲も良好なようで、先日はバスケ部の仲間達でスカイツリー見物に出かけたそうだ。スカイツリーを観光した後は、浅草でお昼を食べ新宿のスポーツ洋品店でバスケット用品のショッピングを楽しんだ。今度は春休みに1年生部員全員でディズニーランドに行く計画を立てている。一人でも積極的に行動できる朱さんだが、部活動で得た仲間と過ごした時間は、きっとまた違う楽しさと思い出をもたらしてくれるだろう。
もっと時間が欲しい
勉強にもバスケ部の練習にも真面目に取り組んでいる朱さんだが、今の悩みは「時間が足りない」ことだ。
「部活の練習が厳しいのはいいことだと思います。大変なのは勉強の時間を確保すること。もっと時間が欲しいです」
入部当初に比べ体力が少しずつ付き、夜にも勉強の時間が取れるようになってきた。しかし、日本語でたわいもない自然な会話をする時間が少ないことが気になっている。高校では授業時間がひとコマ65分と長めなこともあり、休み時間が短い上、放課後になれば皆部活が忙しい。充実していると言えば充実している生活なのだが、「日本語をもっとうまくなりたい」と思っている向上心の強い朱さんにとっては、話をする時間が少ないと感じているのかも知れない。
日本の留学中には春から2年に進級する朱さんだが、夏に中国へ帰国した後は3年生になり、半年ほどで大学受験に挑戦する予定だ。確かにそれを考えると、時間が足りないと悩む気持ちももっともだ。しかし「日本では独学の能力を鍛える」チャンスと、この状況を前向きに捉え成長しようとしている。学校内の有志で参加した「東大見学ツアー」の際には、こんな風に感想を記している。
「努力はもちろん不可欠ですけれども、自分の考えどおりに目標を目指して行動するのも必要です」
自分で考えて行動する自律が重要だと考えている朱さんに、留学の残りの時間でやりたいことを尋ねると、
「日本では自分の思ったとおりに、面白いと思えることをやりたい。東京には日中交流の活動がたくさんあるので、参加してみたい」
と語った。部活と勉強の両立に加え、日本の社会をもっと知ること。やりたいことが多すぎて時間が足りないと感じるほど、彼の生活は充実しているようだ。(文責:真崎直子)