参加者インタビュー
Interviewインタビュー 日中21世紀交流事業に参加された方々に交流を振り返っていただきました
留学生受け入れ名門校のゴールデン・ルーキー
来日2か月目にして、テストでも部活でも周囲の話題をさらいつつある陳林嶠君。高校生活のさまざまなことに対して、自然体で挑戦を続けている彼を訪ねて、話を聞いてみた。
「あっ、陳君だー!」
彼と連れ立って学内の売店へ向かうと、すれ違った女子生徒から突然声を掛けられた。彼女と挨拶を交わしてから昼食の弁当を買い、階段を上る。
「よー、りんきょー」
2階から降りてきた、野球部員らしき丸刈りの男子生徒が軽く右手を挙げる。「よー」と返事をして、ニカッと笑ってふざけあう。来日2か月目の陳林嶠君(広東省深圳市出身)は、そんなハイスクールライフを送っている。
「陳君は中国でも3年間日本語を勉強していたとのことで、当初から意思疎通にまったく問題がなかった。『心連心』の留学日記も日本語でスラスラ書いています。日本での高校生活にもすぐに溶け込んで、クラスだけでなく寮や部活でも友達を作っているみたいですよ」
ここは福井県敦賀市にある私立敦賀気比高校。2年3組の担任を務める浅田真由美先生(国語科・中国語科担当)は、9月からクラスに編入した陳君について語ると顔をほころばせる。努力家の陳君は、校内の進学コースが3学年合同(全8クラス)で行っている英単語テストで、編入早々に1位を獲得。先日の中間テストでも、現代国語で90点台をマークしたほか、全科目の合計点でクラスでトップの成績を叩き出した。
「クラスメイトのなかには『目標。勉強で陳君に勝つ!』と言い出す子が何人もいるくらい」「温和で明るい性格の子なので、男子生徒はもちろん、女子生徒からも結構『かわいがられている』感じがします」と、ここだけの話を打ち明けてくれた浅田先生。陳君の成績の好調さと、クラスでの評判を象徴するようなエピソードだ。
先輩たちから受け継いだブレザー
敦賀気比高校といえば、2014年夏の甲子園(第96回大会)でベスト4に入るなど、春夏の甲子園の常連として知られる高校野球の名門校だ。しかし、同校が野球のみならず、中国人留学生の受け入れや中国語教育の分野でも「名門」であることは、世間にあまり知られていない。
同校は約20年前から中国語科の授業を設け、現在は高校3年間で合計600時間の授業(選択制)を実施。2008年より心連心プログラムで来日した中国人高校生を受け入れており、陳君は同校で通算7人目の生徒だ。彼が袖を通しているブレザーも、過去の留学生の先輩たちから代々受け継がれた伝統の一着。浅田先生いわく「7年間の受け入れ学生のなかでも、陳君は特にスゴい子だなと実感する毎日です」とのことである。
「日本に来てすぐのとき、寮で一緒に生活することになった野球部の学生たちが、みんな丸刈りでビビっちゃいました。どの子も、体格は大柄だし、筋肉もムキムキでものすごいんです。なんだか僕よりもずっと年上の人たちみたいに見えました(笑)」
敦賀気比高校にやって来た当初の頃を思い出して、陳君はそう語る。もっとも、体育会系の学生らしいオープンな雰囲気を持つ野球部員たちとは、寮やクラスでの生活を共にするなかですぐに打ち解けた。
「いま、一番仲がいい友達は同じ部活の子なんですけど、寮で一番仲がいい相手は野球部のU君。中国では野球があまり流行していないので、僕はまだ野球のルールを知らないんですが……。春のセンバツのときは、甲子園への応援に行ってみようかなあと思っています」
そう話す彼に「ルールは知らなくても、友達を応援してあげたいってこと?」と尋ねると、「はい。そうなんです」とはにかんだ。
ハイレベルすぎる? 日本語の悩み
「来日してから面白いと思った日本語は、『えぐい』。同級生が『今回のテスト、めっちゃえぐいわー』と話しているのを聞いて、最初は何のことかわかりませんでした(笑)。あと、日本ではオートバイのことを『バイク』って言いますよね。はじめ『えっ、bikeは自転車のことだろ?』って、少し戸惑いました。あと、敬語もすごく難しいですね。職員室で『○○先生はいらっしゃいますか?』と尋ねたら『○○先生が見えました』と返事をされて、『え? 見える? なんだそれ?』となってしまいました」
来日後の言語の壁について尋ねると、そんな言葉が返ってきた。
「あっ、そうそう。このあいだ数学で『証明』の問題が出たんですよ。そこで『よって、この三角形は直角二等辺三角形です』と回答したら、マルではなくサンカクがついちゃった。証明問題では『直角二等辺三角形“である”』って書かなきゃダメだったんですね。うーむ……」
日本語に対する悩みの基準が、ずいぶんハイレベルであるように感じるのは私だけだろうか? ちなみに陳君の得意科目は英語と数学で、苦手な科目は「日本史」である。本を読むのも大好きだ。
「日本で好きな作家は京極夏彦さん。いまは『絡新婦の理』(じょろうぐものことわり)という小説を読んでいます。あと、アニメ関係の雑誌も毎月買っています」
課題はスタミナ? 部活に燃える
「陳は練習に対してすごくまじめなんです。頑張ってるよ」
口を揃えてそう話すのは、陳君が「いま、いちばん大事」だと話すバドミントン部の部員たちだ。部活は放課後の3時半から6時ごろまでおこなわれている。敦賀気比高校は強豪の野球部のイメージが強い学校だが、同じ体育系の部活でもバドミントン部は練習が比較的ゆるやかで、部内には和気あいあいとした雰囲気が漂う。
「りんきょー。一緒に打つぞ」
夏に部活を引退したものの、体育館に遊びに来ていた3年生の先輩が声をかけて、ダブルスの練習が始まる。3年生OBチームと、陳君と日本人学生の2年生チームとの打ち合いだ。陳君がラインすれすれのきわどい飛球を上手にさばくと「ナイス!」と部員たちの声が上がった。背中に「敦賀気比高校」と大書された水色のポロシャツをまとい、ラケットを構えて羽根の行方を見つめる彼の姿は、なかなかサマになっている。
もっとも、中国の学校における運動系部活動や体育の授業は、日本ほど盛んとは言えない。陳君自身、バトミントンは小学生時代以来の経験だ。この日の練習でも、当初は切れの良い動きを見せていたものの、プレー時間が経過していくにつれて凡ミスが出た。「ドンマイ!」と先輩の声も飛ぶ。日本の部活に耐えていく、スタミナ作りが今後の課題だろう。
「バド部で中学生(部員)に勝てるようになる」
彼のクラスの教室の後ろには、生徒たちが「2学期の目標」を記したカードが掲示されている。陳君はカードに、部活での目標をこう書いていた。今後1年間の練習を通じて、彼の目標は達成できることを期待している。ちなみに敦賀気比高校は中高一貫校で、バトミントン部でも中高の合同練習がおこなわれている。
夢は自分の可能性を広げることだ
流暢な日本語と抜群のコミュニケーション能力を武器に、勉強にも部活にも全力投球を続けている陳君。そんな彼の将来の夢が気になるところである。
「将来については、『理系に進む』という以外には具体的なイメージを持っていません。と言うか、いまの段階では、ひとつの夢に向かって『全力で進まないでおこう』と考えているんです」
なんとも不思議な回答だった。どういうことだろうか?
「ええと、僕が仮に『絶対に科学者になる』とか『医師になる』という明確な夢を持っていたとして、それを実現するために全力で前に進んでいるとすれば、夢への回り道になっちゃうから日本には来ていないと思うんですよ。また、逆に『絶対に日本で学ぶ!』と強く思っていたならば、現在よりもずっと早くに日本へやって来ていたはず。視野を狭めないでいろんなことを体験することで、自分の将来の可能性をもっと広げていきたいと考えています。……なので、いまは『僕の夢はない』んです」
15歳の彼の目の前には、あらゆる未来の選択肢が広がっているのだ。
日本での高校生活は残り10か月。この日々のなかで、彼が何を見て何を発見し、どんな人生を選び取っていくことになるのか――? 陳君の旅はまだ始まったばかりである。
(取材・文:増田聡太郎 取材日:2014年10月29日)