参加者インタビュー
Interviewインタビュー 日中21世紀交流事業に参加された方々に交流を振り返っていただきました
中国高校生長期招へい事業初の「3ケ月目研修」というチャレンジ
心連心:中国高校生長期招へい事業では、毎年、折り返し地点の半年目に中間研修を行ってきた。各地に散った生徒たちが研修施設に集合し、留学生活を振り返る。直面している問題を乗り越え、残り半年、充実した日々を過ごすための研修だ。
しかし例年、4ケ月目に入るころから、悩みをかかえる生徒が出始める。そうした生徒たちにとって、中間研修までの道のりは長い。そこで今年は研修時期を早め、3ケ月目研修という初めての試みを行った。
「生徒たちにとって、『予防接種』のようなものになれば」と、日中交流センターの職員は語る。5日間の日程のうち、1日を取材した。
「私の生活地紹介」で大盛り上がり
取材日は埼玉県の国際交流基金日本語国際センターで行われた研修の3日目だった。前日の「留学の心得」「留学生活ケーススタディ」などのワークに続き、この日は、毎年恒例の「私の生活地紹介」から始まった。
生徒たちは自作のスライドで、留学先の地域や学校生活を紹介する。
今年はただ発表するだけでなく、発表者がくじを引いて次の人を決め、次の司会を務めるというやり方で、これがずいぶん盛り上がった。
中国の極寒の地、吉林省出身の金星国(きんせいこく)君は、留学先の宮崎が暑くて、「毎日、足元はこんな感じです」と、サンダルをはいた足の写真を披露。教室のあちこちで、クスクスと笑いがこぼれる。
学校の朝の挨拶が少し変わっていて、「おはよう」ではなく「ございます」と言うそうだ。でも、友人には「うっす!」。どこかすっとぼけた感じの、けれど憎めない金君のキャラクターに、始終笑いっぱなしだった。
埼玉県にホームステイしている代恩鳴(だいおんめい)君はホストファミリーを紹介。料理上手のお母さんが、毎日いろいろな料理をつくってくれるという話から、フランス人留学生も同居中という話に続いて、「もっと知りたい方は、こちらをスキャンしてください」と、QRコードを表示。生徒たちは大笑いだ。
日本人には意外な話もまた面白い。
河南省洛陽市から大阪府豊中市に留学している黄飛逸(こうひいつ)さんは、日本では隣の市との距離が中国よりずっと近いことに衝撃を感じたそうだ。黄さんの故郷では、洛陽から隣の鄭州までは高速道路を使って2時間、しかし日本では豊中から隣の吹田まで車で20分。なるほど衝撃である。
言葉につまっても身振り手振りで
自作のスライドがまた、みなそれぞれ凝っていた。
北海道の高校に通う陳鈺加(ちんぎょくか)さんのスライドは、プロが撮影したような北海道の雄大な風景が最初にドーンと表示され、「お~!」と歓声があがった。
沖縄に留学中の蒒越(せつえつ)さんは、「えっ」という文字だけのインパクトあるスライドで、聞き手の心をつかんだ。「えっ」というのは、留学先での「えつ」というあだなが、さらに省略されたものだそう。
学校では沖縄の歴史と文化などを学び、着物も手縫いで作ってしまったという充実ぶりで、さらに中国の母校の高校生と留学先の生徒を文通でつなぐ懸け橋プロジェクトも立ち上げた。
あとで話を聞いたところ、すでに手紙の交換がスタートし、最終的にはスカイプで話ができるようにしたいと目標を語ってくれた。落ち着いた話ぶりから熱い思いがひしひしと伝わってきた。
発表を聞いていると、言葉の抑揚がすでに「その土地の人」になりつつある生徒もいた。王鈺瑄(おうぎょくせん)さんはその一人。流暢な日本語に、留学先の鹿児島のイントネーションが混ざる。
ホストファミリー宅で犬を飼っているのだが、実は、王さんは犬が少し苦手。最初はとても怖かったそうだ。でも、ホストファミリーに犬との接し方を教えていただき、今では犬たちも、帰宅を出迎えてくれるようになったと言う。
一方、まだ日本語のたどたどしい生徒もいる。横須賀に留学中の鄧博文(とうはくぶん)君は、もともと日本語学習期間半年で来日した。今もあまり達者ではない。
部活のとき、動画投稿サイトTikTokに投稿するダンスを撮影したという話をしようとして言葉につまった。しかし、おもむろにダンスを披露。その洗練された身のこなしに、教室が沸いた。鄧君の身振り手ぶりから、留学先で楽しく交流している様子が伝わってきた。
北海道から九州、沖縄まで。どの生徒たちもその土地ならではの行事や言葉、食べ物などを、ユーモラスに生き生きと語った。時には、大人の知らない若者言葉が飛びだすこともあり、そのたびに教室は笑いに包まれた。
4分の持ち時間を超過することもしばしば、結局、午後に持ち越すことになった。
コミュニケーションの向上と目標設定
お昼過ぎ、「私の生活地紹介」のあとは、「コミュニケーション能力の向上」のワークが行われた。留学生活を実のあるものとするために、コミュニケーションは非常に重要だ。
そこで、会話のキャッチボールのコツなど、コミュニケーションの取り方の講義のあと、実際に日本語で会話のシミュレーションをしてみる。各班で正月、部活動、食生活などのテーマについて会話をし、良かった点や改善点を話し合った。
良い点は、日本語があまりうまくなくても一生懸命話をしようとしていることが伝わってくるところ、改善点は質問にこたえるだけなく、自分からも質問したほうがよい、といった具合。
他にも、相槌はよく打っているが真剣に聞いている感じがしない、目を見て話をしたほうがよいなどの意見が出た。午後の睡魔に襲われていた生徒たちも、元気を取り戻し、積極的に参加していた。
続いて「目標設定」のワークが行われた。
まず、長期短期のやりたいこと、やるべきことを書き出し、日曜日の時間の使い方を考えてみる。実は、自由に過ごせる日曜日は、留学中の残り全部あわせても47日分しかないと、日中交流センターの職員は生徒たちに話す。
その貴重な時間をスマートフォンばかりいじって過ごしていないか、心の窓を開いてコミュニケーションをとっているか、生徒たちに考えてもらい、それを踏まえて残り8カ月間の「私の目標」を紙に書きだしてもらった。
文字数は300字以上。もちろん日本語だ。
黙々と机に向かう生徒たちの手元をのぞくと、すらすらと書きだす生徒もいれば、手を止めて考えこむ生徒、書いては消しを繰り返す生徒たちもいた。
早々に書き終わった趙芸萱(ちょううんけん)さんの作文を見せてもらう。
勉強が猛烈に忙しい中国に比べ、日本での生活はそれほど充実できていない、と趙さんは書く。しかし、やりたいこともどんどん出てきているので、勉強の効率をもっと高め、友達にも積極的にかかわりたいと締めくくられていた。
他の生徒たちも、いま抱えている問題や学校でがんばりたいこと、達成したい目標でマスを埋めていく。
「こういうことがないと、目標をきちんと考えることもなかった」と話す生徒もいて、自分を振り返る良い機会となったようだ。
心連心の先輩を前に、不安や本音がポロリ
この日最後のワークは心連心卒業生の体験談だった。10期生の劉氷森(りゅうひょうしん)君と梁方舟(りょうほうしゅう)さんが参加。劉君は充実した留学生活を送るために目標を立て、定期的に振り返ること、新しいことにチャレンジすることの大切さなどを語った。
質疑応答の時間、最初はなかなか手があがらなかったが、一人が質問すると、次々に手をあがりはじめた。台湾問題など「敏感な話題」への対処法、先生とのコミュニケーションの齟齬、ホストファミリーとの交流など、不安や悩みが飛び出した。
経験者の先輩と中国語での会話ということもあり、「学校の先生にわかってもらえない。どう話したらいいかわからない」など、本音が漏れる。
中でも日中で政治的に立場の違う話題への対処や、ホストファミリー宅で苦手な食べ物が出たときの対応などは、毎年遭遇する問題だ。実は、前日の「留学生活ケーススタディ」でもテーマとして取り上げた。
前者についてのアドバイスは、「いろいろな立場で物事を見ることを学ぶ機会とすること」と、後者については「言い方に気をつけながらきちんと伝えること」。
しかし、現実は簡単ではない。日本人同士でも立場や環境が異なればこじれがちな問題である。ましてや中国の高校生たちにとって、慣れない日本語でこれらの問題に立ち向かうことは、大きなチャレンジとなるだろう。
ただその分、壁を乗り越えた先につかんだものは、人生の大きな糧ともなり得る。残り8ヵ月。生徒たちの正念場が続く。
【取材を終えて】
「今年のワークを考えるのはとても難しかった」
日中交流センターの職員からそんな話を聞いた。半年目研修では問題がすでに顕在化しているので、それをもとに話をすることができた。しかし今年はまだ滞在2ケ月で、ようやく生活に慣れてきたというところ。どんな話をしたらよいか、頭を悩ませたそうだ。
心連心の中国高校生長期招へい事業ももう13年目。毎年、同じように生徒たちが来日し、卒業していくが、一つとして同じ年はないと職員は話す。
これまで日本で出会った卒業生たちはみな、しっかり自分の道を歩いていた。それはもちろん彼ら自身の力ではあるけれど、その裏には、彼らの留学生活を、心を尽くして支えてきた歴代の担当者たちの熱い思いもあることを感じた。
取材・文:田中奈美 取材日:2018年11月11日